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私が大江健三郎が大嫌いな理由です。

my日本のj1bkkさんの日記です。


取り戻した日本の名誉

親愛なるカマちゃんが住む兵庫県播州地方に台風十一号が上陸しましたが、その八月十日午前十時三十分、
出棺があり、帝国軍人は見送られました。



その帝国軍人とは、



陸軍士官学校五十三期、帝国陸軍騎兵少佐 梅澤 裕 さん。


「梅澤 裕」さんと、言われてもほとんどの人はわからないと思う。

彼は、あの国賊、大江健三郎の「沖縄ノート」(岩波書店)で、座間味島の島民集団自決は、梅澤少佐の「自決命令」によって起こったと書かれ、住民に「自決するな」と言った梅澤少佐を、逆の「自決を命じた」という汚名を着せられたひとである。


櫻井よしこさんのオフィシャルサイトに詳しく書かれています。
「 沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣 」 
http://yoshiko-sakurai.jp/2007/01/11/552




そして、西村慎吾議員のメルマガによると

葬儀で、「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」の代表である南木隆治先生は、弔辞の中で次のように述べられた。

「ありもしなかった『南京大虐殺』。
 ありもしなかった『朝鮮人慰安婦の強制連行』、そして、
 ありもしなかった沖縄における『軍による住民への自決命令』。
 この我が国を貶める嘘の歴史は完全に、正しく書き換えられなければなりません。
 そして、梅澤さんはそのために、
 戦後七十年間、最後まで我が国の名誉を守るために戦い続けてくださいました。」






名誉回復…沖縄集団自決“命令”の「汚名」着せられた梅沢元陸軍少佐、戦後日本の言論空間「日本軍=悪」と闘い逝く
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140812/wa...
2014.8.12 21:45



 戦後69年の夏。今月6日、一人の「帝国軍人」が逝った。先の大戦末期の沖縄戦で座間味島の守備隊長を務めた元陸軍少佐で、住民に集団自決を命じたとする事実無根の「汚名」を着せられた梅沢裕(ゆたか)さん。「日本軍=冷酷非道な悪」という戦後日本の凝り固まった言論空間に抗い、軍人らしく戦い抜いた生涯だった。(牧野克也)



 梅沢さんは合理的な作戦を練る指揮官だった。沖縄戦以前に1人も戦死者を出さなかったことを誇りとし、沖縄戦に際しても「特攻はやらない」と犠牲を少しでも減らす作戦を上層部に提案、認めさせた逸話をもつ。そんな生粋の帝国軍人に理不尽なぬれぎぬが着せられた。

 戦後まもなく刊行された「沖縄戦記・鉄の暴風」で、慶良間諸島の座間味、渡嘉敷両島で起きた集団自決は軍命令だった-と初めて記述され、次々と他の文献に引用された。ノーベル賞作家、大江健三郎氏も現地取材を一切しないまま自著「沖縄ノート」(岩波書店、昭和45年初版)に文献を引用し、名指しを避けながらも命令者を「戦争犯罪者」「罪の巨塊」などと指弾した。
真相は全く違う。米軍上陸の前日夜、自決用の弾薬や手榴(しゅりゅう)弾の提供を求めた村の助役ら5人に対し、梅沢さんは「死ぬことはない。避難してくれ」と断った。戦後、現場にいた伝令役の住民も同様の証言をし、5人のうち生き残った女性も弾薬の提供は受けられなかった、と告白した。

 しかし昭和33年、隊長の自決命令を報じた「週刊朝日」の記事を初めて読んだ梅沢さんは驚き、苦しんだ。「お国のために戦ったのに、なぜ事実がゆがめられるのか」。それでも沖縄への慰霊の旅を続ける中、苦しい生活だった住民が援護法に基づく遺族補償を得るために軍命令という虚構を心ならずも創作した事実を聞く。ついに平成17年、記述を一向に改めない大江氏らを相手取り、名誉毀損(きそん)訴訟に踏み切った。

 1、2審敗訴、23年の最高裁決定でも上告を退けられた。ただ、最大の争点である自決命令の有無について、司法は「(命令は)証拠上断定できない」「真実性の証明があるとはいえない」と判断したのだ。真実性が揺らいでも名誉毀損が免責されたのは、集団自決への軍の深い関与と当時は軍命令が通説だったことを踏まえ、出版時は真実と信じる相当の理由があるとする「真実相当性」に加え、「表現の自由」を優先したに過ぎない。
兵庫県西宮市で10日に営まれた告別式で、訴訟を取材したジャーナリストの櫻井よしこ氏は「梅沢さんを苦しめたぬれぎぬは完全に晴れている」との弔辞を寄せた。

 提訴から丸9年目にあたる今月5日、朝日新聞が朝鮮人慰安婦の強制連行を報じた記事の一部が虚偽だったと認めた。沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会代表の南木隆治さん(60)は弔辞で、慰安婦問題といわゆる「南京大虐殺」、集団自決の軍命令を念頭に、「わが国をおとしめる嘘の歴史は完全に正しく書き改められなければならない。梅沢さんはそのために、最後まで日本の名誉を守ろうと戦い続けてくださいました」とたたえた。

 享年97。その誇り高き姿に、日本人の本来あるべき魂をみた。




誇り高く戦ってきたのになんでこんなこと言われなきゃならないんだろう。
敗戦を受け入れ、何もないところから這い上がってきたのになぁ。

私は大江健三郎が大キライです。
反日活動もそうですが、酒鬼薔薇事件も加害者を庇ってたしな。

私たちがとにかく歴史を勉強して子供や周囲に広めていきましょう。

でもって、間違った知識をドヤ顔で広めてる自称知識人を大笑いしてやりましょうや!

「そんなことも知らねーの?日本人のくせに?ばっかじゃねーの?」
って、言ってやりましょう!!

3月26日は栗林忠道の命日です。

my日本 can1961さんの日記です。


3月26日が命日。硫黄島に散った指揮官・栗林忠道

硫黄島に散った指揮官・栗林忠道
濱口和久「本気の安保論」
2014年3月24日 16:18
拓殖大学客員教授 濱口 和久

 昭和20年3月26日、硫黄島の指揮官・栗林忠道中将は生き残った400名余の残存兵の先頭に立ち、最後の総攻撃を敢行した。日本本土への空襲が激化するなか、硫黄島では栗林以下多くの先人たちが命を賭して国土を防衛したことを、私たち日本人は絶対に忘れてはならない。

<米軍が認める指揮官>
 栗林忠道ほど日本陸軍のなかで、知略と勇猛果敢さを遺憾なく発揮した指揮官は日本の戦史上例をみないだろう。

 米軍は5日間で硫黄島(東京都港区と同じ約20平方キロメートルの広さ)を制圧する予定であった。ところが約1カ月間、栗林が指揮する日本軍守備隊は持ち堪え、米軍に対して戦死傷者2万8,000名あまりの損害を与えたのである。硫黄島の戦いは、大東亜戦争で米軍が反転攻勢に出て以降の戦闘で、戦死傷者が日本軍を上回った唯一の地上戦であった。

 この時期、硫黄島は地政学的には、サイパンと東京のほぼ中間に位置し、「太平洋の防波堤たらん」としたサイパンが陥落し絶対国防圏が崩壊したことで、本土防衛の外郭地帯としての戦略的価値を高めていた。米軍は、マリアナ諸島を基地とした日本本土爆撃に向かうB29戦略爆撃機の不時着場として、さらには爆撃を護衛する戦闘機基地として硫黄島を考えていた。

 米国では、硫黄島の戦いの報道がリアルタイムでなされていたこともあり、この戦闘の状況と栗林の知名度は非常に高い。とくに戦後、戦史研究家や米軍人に、「太平洋戦争(大東亜戦争)における日本軍人で優秀な指揮官は誰であるか」と質問すると、栗林忠道の名前を挙げる者が多い。

 栗林は従来の島嶼防衛における水際作戦という基本方針を退け、長大かつ堅牢な地下陣地を構築する。不用意な万歳突撃などによる玉砕を厳禁し、部下に徹底抗戦を指示した。M4シャーマン中戦車やLVTなどを大量に撃破・擱坐させるといった物的損害を与えることにも成功し、のちに米軍幹部をして「勝者なき戦い」と評価せしめた。

 ニミッツ元帥などは「この豆粒大の火山灰の堆積の上に、日本軍は精強な戦闘部隊である陸軍1万4,000名と、海軍陸戦隊7,000名よりなる守備隊をはりつけた。硫黄島防備の総指揮官である栗林忠道中将は、硫黄島を太平洋においてもっとも難攻不落な8平方マイルの島要塞とすることに着手した。この目的を達成するためには地形の全幅利用を措いてほかに求められないことを彼は熟知していた。歴戦剛強をもって鳴る海兵隊の指揮官たちでさえ、空中偵察写真に現れた栗林部隊の周到な準備を一見して舌を巻いた」(『ニミッツの太平洋海戦史』)と記している。

<米国の力を冷静に分析していた栗林中将>
 栗林は明治24 (1891)年7月7日、長野県埴科郡松代町(現・長野市松代町)の士族の家に生まれている。恩師の勧めで陸軍士官学校に進学し、旧制中学出身ながら、陸大軍刀組の騎兵将校としての道を順調に歩んだ。

 昭和2(1927)年から米国駐在武官(大使館附)として、昭和6年からはカナダ駐在武官(公使館附)となり、延べ5年間にわたって海外勤務を経験している。日本陸軍の建軍の経緯から、ドイツ派の多い陸軍内では少数派の『知米派』で、国際事情にも明るく、対米開戦にも批判的であったと言われている。

 帰国後、騎兵連隊長を経験した栗林は陸軍省馬政課長の時、軍歌「愛馬進軍歌」を一般募集し、選定に携わったりもしている。

<死を覚悟していた栗林中将>
 昭和19年5月27日、小笠原方面を守備するため父島要塞守備隊を基幹とする第109師団長となり、6月8日、硫黄島に着任する。同年7月1日には大本営直轄部隊として編成された小笠原兵団長も兼任し、海軍陸戦隊も指揮下におき陸海軍硫黄島守備隊の小笠原方面最高指揮官となる。

 昭和20年2月19日、総勢600隻を超える米艦隊と11万2,000名の米兵が群青の海を埋め尽くし、硫黄島に上陸を開始した。日本軍守備隊は上陸した米軍に甚大な損害を与えたものの、3月7日、栗林は最後の戦訓電報を大本営に打電する。

 組織的戦闘の最末期となった3月16日午後4時には、玉砕を意味する訣別電報を大本営に打電し、辞世の句「国の為 重きつとめを 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき」を一緒に送っている。翌3月17日、大本営よりその功績が認められ、53歳の若さで陸軍大将に昇進する。これは平時とは異なる戦時ではあるが、日本陸海軍中最年少の大将昇進であった。

 3月26日、栗林は生き残った400名余の残存兵の先頭に立って最後の総攻撃を敢行し、戦死を遂げる。総攻撃の際に階級章を外していたため遺体は確認されていない。まさに日本本土の防波堤たらんとして、硫黄島では栗林以下多くの先人たちが命を賭したのである。

(了)

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「国の為 重きつとめを 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき」

 辞世の歌です。昭和20年3月26日、硫黄島の指揮官・栗林忠道中将は生き残った400名余の残存兵の先頭に立ち、最後の総攻撃を敢行した。
 ですから、明日は命日です。私たちの為に、日本の為に、智謀を巡らせ、死力を尽くし、命を賭して戦ってくださった方々の為に、静かに手を合わせませんか?
 合わせて、ここ、硫黄島では、まだまだ多くの方々の御遺骨が埋もれたままです。これらを余すことなく拾いり上げ供養することを一刻も早く行って欲しいと思います。



自分の家族が一日でも長く生きるために
最前線で死に物狂いで戦ったご先祖様に感謝します。
この事実を知ってなお、左翼は「日本が悪い」「慰安婦が~」などと言うのでしょうか。

東条英機の遺言 昭和23年12月22日夜、死刑執行(12月23日零時)

my日本 志葉楽(しばらく)さんの日記です。





東条英機の遺言(全文)・昭和23年12月22日夜、死刑執行(12月23日零時)

東条英機の遺言

 開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。今回の処刑は個人的には慰められるところがあるけれども、国内的の自分の責任は、死をもって償えるものではない。しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。ただ同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。

 天皇陛下および国民に対しては、深くおわびする。元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部あやまちを生じ、世界の誤解を受けたるは遺憾である。日本の軍に従事し、倒れた人および遺家族に対しては、実に相済まぬと思っている。
 
 今回の判決の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ、もしこれが永久の平和のためということであったら、もう少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。この裁判は、結局は政治裁判に終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せね。
 
 天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。天皇陛下の形式については、あえて言わぬ。存在そのものが必要なのである。それにつきかれこれ言葉をさしはさむ者があるが、これらは空気や地面のありがたさを知らねと同様のものである。

 東亜の諸民族は、今回のことを忘れて将来相協力すべきものである。東亜民族もまた他の民族と同様の権利をもつべきであって、その有色人種たることをむしろ誇りとすべきである。インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。これをもって東亜民族の誇りと感じた。
 今回の戦争にて、東亜民族の生存の権利が了解せられはじめたのであったら、しあわせである。列国も排他的な考えを廃して、共栄の心持ちをもって進むべきである。

 現在の日本を事実上統治する米国人に一言するが、どうか日本の米国に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。
 また、日本人が赤化しないように頼む。東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにしなければならぬ。実は、東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、今回の敗戦の原因であると考えている。

 こんご日本は米国の保護の下に生活していくのであるが、極東の大勢はどうであろうか。終戦後わずかに3年にして、アジア大陸赤化の形勢はかくのごとくである。こんごのことを考えれば、実に憂なきを得ぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。

 日本は米国よりの食糧その他の援助を感謝している。しかし、もしも一般人が自己の生活の困難や、インフレや、食糧の不足などを米軍の日本にあるがためなりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。実際にかかる宣伝をなしつつある者もあるのである。よって、米軍は日本人の心を失わぬように注意すべきことを希望する。

 米国の指導者は、大きな失敗を犯した。日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。いまや満州は赤化の根拠地である。朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。米英はこれを救済する責任を負っている。従って、その意味においてトルーマン大統領が再任せられたことはよかったと思う。
 日本は米国の指導にもとづき武力を全面的に放棄した。それは一応は賢明であるというべきである。しかし、世界が全面的に武装を排除していないのに、一方的に武装をやめることは、泥棒がまだいるのに警察をやめるようなものである。

 私は、戦争を根絶するには、欲心を取り払わねばならぬと思う。現に世界各国はいずれも自国の存立や、自衛権の確保を説いている。これはお互いに欲心を放棄していない証拠である。国家から欲心を除くということは、不可能のことである。されば世界より戦争を除くということは不可能である。結局、自滅に陥るのであるかもわからぬが、事実はこの通りである。それゆえ、第3次世界大戦は避けることができない。
 第3次世界大戦において、おもなる立場に立つものは米国およびソ連である。第2次の世界大戦において、日本とドイツが取り去られてしまった。それゆえ、米国とソ連が直接に接触することになった。米ソ2国の思想上の相違はやむを得ぬ。この見地からいうも、第3次世界大戦は避けることはできぬ。
 第3次世界大戦においては、極東がその戦場となる。この時にあたって、米国は武力なき日本をいかにするのであろうか。米国はこの武力なき日本を守るの策をたてなければ、また何をかいわんや。そうでなしとすれば、米国に何らかの考えがなければならぬ。
 米国は、日本8千万国民の生きてゆける道を考えてくれねばならない。およそ生物としては、生きんことを欲するのは当然である。産児制限のごときは神意に反するもので、行うべきではない。

 なお言いたきことは、最近に至るまで戦犯容疑者の逮捕をなしつつある。今や戦後3年を経ておるのではないか。新たに戦犯を逮捕するというごときは、即時にやめるべきである。米国としては、日本国民が正業につくことを願い、その気持ちでやって行かなければならぬ。戦犯の逮捕は、我々の処刑をもって、一段落として放棄すべきである。

 戦死傷者、抑留者、戦災者の霊は、遺族の申し出があらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地にある戦死者の墓には、保護を与えられたし。従って遺族の申し出あらば、これを内地に返還せられたし。 戦犯者の家族には、保護を十分に与えられたし。

 青少年の保護ということは、大事なことである。近時いかがわしき風潮は、占領軍の影響からきているものが少なくない。この点については、わが国古来の美風をも十分考慮にいれられたし。

 今回の処刑を機として敵、味方、中立国の罹災者の一大追悼会を発起せられたし。もちろん、日本軍人の間に間違いを犯した者はあろう。これらについては衷心、謝罪する。これと同時に、無差別爆撃や原子爆弾の投下をなしたことについて、米国側も大いに考えなければならぬ。従って、さようなことをしたことについては、米国側も大いに悔悟すべきである。

 最後に軍事的問題について一言するが、我が国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。あれでは陸海軍一本の行動はとれない。兵役については、徴兵制によるか、傭兵制によるか考えなければならぬ。我が国民性を考えて、再建の際に考慮すべし。
 教育は精神教育を大いにとらなければならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任感をゆるがせにしてはならぬ。この点については、大いに米国に学ぶべきである。学校教育は、人としての完成を図る教育である。従前の醇朴剛健のみでは足らぬ。宗教の観念を教えなければならぬ。欧米の風俗を知らせる必要もある。俘虜のことについても研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

 以上が昭和23年12月22日夜、死刑執行(12月23日零時)数時間前に、東京巣鴨において、教誨師の花山信勝師の前で東条英機が朗読した遺言の摘要である。

『秘録 東京裁判』清瀬一郎著(中央公論新社)





my日本で教えてもらった歴史や
東条英機さんのお孫さん、東条由布子さんのお話を聞いて
教科書で習った東条英機は「卑劣な独裁者」のようなイメージは払拭されました。

日本国民はこの遺言を知らないといけません。



テーマ : 日本を正常な国に戻したい
ジャンル : 政治・経済

山本太郎議員も最悪だけど、こんなのに票をいれた日本人も悪いっ!!!




天皇陛下のことを知らないってのが情けない・・・

大体、原発関係は議員である
お前の仕事なんだよっ!!

天皇陛下も皇后陛下もお前より現地の苦労を知っていらっしゃるわ!!

モンスターボランティアのお前とは違うんだよっ!!


なんで園遊会に山本太郎がいるのかが分からない・・・・。
この事件、背後を調べないといけない気がします・・・。
でないと、皇室と国民の距離が離れてしまって、ますます国の危機が進みますよ。


アントニオ猪木といい山本太郎といい・・・
こんなのに票をいれた人間は恥を知るべきです。

はだしのゲン閲覧制限について



閲覧制限大歓迎!

あれは反日精神を作る悪書です。
焚き書にされないだけマシじゃな。

それにはだしのゲンってちゃんと調べもしないで書かれた最低の漫画ですよ。

はだしのゲン1

はだしのゲン2



天皇陛下は戦争を支持しておりません、
虐殺も命令しておりません。

昭和天皇はみずからの命と引き換えに日本国民を救おうとしたこころ優しい方です。
権力も権限もありません!!
そんな方が命令なんて、するわけないじゃろ!!

戦中に生きててそんなことも分からんのか、( ゚,_ゝ゚)バカジャネーノ?

日本人のくせ。

まあ、情報だと日教組の機関紙に載せられたという話ですから
日本軍の捏造虐殺も昭和天皇のことも平気で嘘が言えるわけですなあー。


まあ、閲覧制限がダメというのなら、ゲンの隣に
「ヘタリア」「戦争論」「昭和天皇」「天皇論」「パール判事の日本無罪論」
「古事記」「世界に愛された日本」「本当はすごい神道」最低限これくらい置いとけ!!

子供の目はちゃんと真実を見抜くからね。
多角的な視野をもたせるためにも、平等に均等に本をあたえようや。

そこまでして反日になるなら私も何も言わん。
・・・が、ここまで読んでて愛国心が芽生えないわけがないよねー♫

my日本には73000人のメンバーがいます。
その中には教師・講師・家庭教師がいて、彼らは子供に日本の歴史をきちんと教えています。
彼らが言うには「自虐じゃない歴史を教えると子供たちが一生懸命勉強する」と驚いてます。

ね、学力低下とか言われてるのにね、すごいですよね(*´∀`*)

あと数年もすれば「ギャグ漫画」として馬鹿にされると思いますよ。

ちゃんと調べて、マンガは書きましょう。
作り手の最低の基本ですよ?
プロフィール

クサカ 

Author:クサカ 
漫画・アニメ・ニコニコ動画が好きなオタ主婦です。
漫画・イラストも書いてちょいちょいこちらに載せています。ヘタリアアニメ中止にキレてから国防活動しております(たいしたことはしてませんがー(´ε`;))二次元を脅かす国は滅んでしまえという、ある意味では危険思想な持ち主です。

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